最終局面

アリス・スプリングス造山活動の間の隆起は、中央オーストラリアのほとんどを海面上に押し上げ、新たな侵食の時代が始まった。現在のウルル(エアーズ・ロック、マウント・オルガ)国立公園の一帯は、おそらくこの時以来今まで約3億年間海面上にあるものと考えられる。

最初は、地表面はウルルやカタジュタの頂上より高かった。侵食が進み、ウルル、カタジュタ、マウント・コナーは北のアマデウス湖と南の平原との間の分水嶺となった。約7千万年前、侵食によってウルルとカタジュタの間に広くて浅い谷ができた。ウルルとカタジュタは谷の側面に配置された高地として存在したが、それらが当時現在の姿に似ていたかどうかは、推測の域を出ない。谷は、徐々に川や低湿地に沈殿する堆積物で埋まっていた。低湿地に積み重ねられた植物質は泥炭層 Peat を形成し、圧縮されて薄い褐炭層 lignaite (brown coal) へと成長した。これらの低湿地と川の流れは、現在のフィンケ川 Finke River へ向かって東に流れる古代の川の一部だったのである。

褐炭の一部は、現在もっと多湿の条件下で育つ地上植物の花粉や種子の化石を含んでいる。最も古い褐炭は6千5百万年から7千万年前にできたもので、多くの特徴を持っている。南の針葉樹ポドカルプス 'Podocarpus' の種子花粉は雨量が多かったことを示しており、羊歯の胞子も同様である。グンネラ 'Gunnera' として知られる植物の花粉も見つかる。現代のグンネラの典型は、とげのある「だいおう」のような葉をもったジャイアント・ハーブで、今日大変多湿の気候、主としてニューギニアや南アメリカの中・南部の多雨林で育つものである。

これらの堆積物の中で見つかる最も若い種子花粉は、約4千年前のものである。この時代の花粉は、アリス・スプリングス地域で見つかる他のものと類似しており、現在タスマニアや東部オーストラリアの沿岸地域で育つ「南方ぶな」'Nothofagus' の花粉を沢山含んでいる。この時期のオーストラリア中心部におけるぶな林の存在は、当時の多湿性気候を示している。他の花粉は、バンクシャス banksias やグレビリース grevilleas を含む大きな科であるやまもがし科 Proteaceae のうち絶滅種となった種類のものもある。ふともも科に属する多雨林の種類も見つかる。今日この種類は、ユーカリとして最もよく知られているが、この時代に存在した証拠はなく、ただそれらの多雨林関連種が中央オーストラリアに存在した。ゴムの木は、ずっと後、およそ二百万年前くらいからオーストラリアの風景を支配することとなった

これらの若い堆積物の中で、砂層はこの地域の帯水層であり、そこへ掘った井戸がユララ Yulara に水を供給している。その水は僅かに塩分を含んでおり、飲用するには脱塩の必要がある。炭素14法による測定によれば、その水の年令は現代から7000年くらいの間である。古い水は気候がより多湿であったいくつかの時代に生まれたものである。しかしながら、地下水のほとんどは新しく、最近の降雨によるものである。

地下水位はカタジュタの近くでは25mと深いが、ユララ空港では12mと浅くなる。地下水は地下でアマデウス湖に流れ込んでいる。

部分的に植物が根付いた砂の台地が、内部オーストラリアの広大な地域を覆っている。

約50万年前、気候はより乾燥した状態となり、多少の湿度の高い状態を挟みながらも現在まで続いている。風が作り出す堆積は、カルクリートの露出した緩やかに傾斜した平原を、あるいはアルビウム、カルクリート、ジプサイトなどを含む不揃いの、網状または並列の砂丘を形成した。現在国立公園の中で見られる砂丘は、13mくらいの高さで、熱ルミネッセンス法による測定では約3万年前に形作られ始めたものである。